村のおいたちと歴史

 日吉津村は大字日吉津、富吉、今吉の三集落からなり、その起源は、口伝によると、蚊屋島神社を離る東南100mの地点に荒簾(あらこも)7軒と称した最初の移住者があり、日吉津を古くは稗津(ひえづ)と呼んでいました。その名を示す通り稗の生えた海岸の沼地であったので、元亀(げんき)2年(1571)以後、字面をきらって日吉津に改めました。
 伯耆史によれば文久3年(1863)戸数210戸945人とあり、特産物は鱒と鮭とあります。当時、近隣では50戸未満の村が多く、稗津の町家と呼ばれました。富吉集落は今村と呼び、江戸初期には米子市熊党の北側にありましたが、何年かの水害により古屋敷に移り、三転して寛文年間に現在地に移りました。今吉集落は弘化2年(1845)開墾を始めて安政3年(1856)に今吉の名がつきました。

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