はぜの木(記念物)

所在地 富吉702番地先・米子市吉岡368番地 (昭和51年2月13日指定)

 江戸時代において藩内の蝋の需要は年々多くなり、品不足をつげるようになった。さらに幕末には江戸藩邸の入用にも、国産の蝋を回すようになった。そこで藩では、何回も触れを出して、山裾、原野、川土手などでの櫨(はぜ)の栽培を勧め、実の買い集めに努力した。嘉永5年(1852)の触書によると、栽培技術の指導や監督役(植物方下見回り)に、日野川東地区では下新印の為三郎が任命されている。この櫨並木はそのころからのものと思われるが、わずか数本になってしまったのは残念である。

はぜの木
はぜの木

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