有形文化財(歴史資料) 須山萬の墓碑

須山 萬(すやま・よろず)の墓碑

所在地 日吉津618番地 (昭和50年10月6日指定)

 須山家は数代の医家でした。萬は17才で藩儒の正墻(しょうがき)薫や江戸の名儒・塩谷宕陰(しおのやとういん)の教えを受け、のちに藩の周旋方に任ぜられ勤王のために東西に奔走しました。江戸に出て長州藩留守居役の僕(しもべ)として活躍しているところを、元治元年(1864)幕府のために捕らえられました。いったんは逃げたが、再び捕らえられ、討幕計画に加わったという罪で伝馬町の獄に投ぜられ、慶応元年(1865)3月6日斬首の刑で壮烈な死を遂げました。年24才。明治31年正五位を贈られました。碑の漢詩は、萬が生前に父啓蔵に寄せたものです。

須山萬の墓碑
須山萬の墓碑

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